ナチュラルワイン界において、フィリップ・パカレの名は特別な響きを持つ。彼は、ボジョレーの自然派の先駆者マルセル・ラピエールの甥であり、さらに自然派ワインの理論的支柱とされるジュール・ショーヴェにも師事した人物だ。1999年に自身のネゴシアン・メゾンを立ち上げて以来、畑を所有せず、興味深いテロワールの区画を借りながらワイン造りを続けている。その醸造はきわめて純粋主義的で、醗酵・熟成の全過程を通じて亜硫酸を使用せず、瓶詰め時にごく少量を加えるのみという徹底ぶりだ。
かつて、パカレのボジョレ・ヌーヴォーを飲んだことがあった。透明感はあるが、あまりに軽やかで淡く、正直なところ印象に残らなかった。だからこそ、より重厚な造りで知られるポマールを手にしたときも、「どうせ薄いワインだろう」と思っていた。だが、その先入観はグラスを満たした瞬間に覆されることとなる。
ボトルを傾けると、グラスに注がれたのは意外なほど濃密で、不透明に近い深紅の液体。淡いどころか、力強い存在感を放つ色合いだった。香りを取ると、ブラックベリーのような黒い果実が前面に立ち、そこにブラックペッパーのスパイス、わずかな土の香りが重なっていく。曖昧さはなく、輪郭がはっきりとしたアロマだ。
口に含むと、まず酸が鋭く舌を打つ。若さゆえか、構成がまだ落ち着いておらず、果実と酸がせめぎ合う印象。もしかすると、あと五年ほど待てば、より深みのある調和を見せてくれたかもしれない。だがその酸が、意外にも食卓で真価を発揮した。バターチキンとのペアリングでは、ソースのクリーミーな質感とレモンの酸味がワインの持つ張りをやわらげ、むしろ一体感を生み出したのだ。気づけば食もワインも止まらず、気がつくと一本が空になっていた。
余韻には、シーダーウッドを思わせる落ち着いた木香が長く続き、ワインの骨格と熟成のポテンシャルを感じさせる。アルコール度数は13.5%と控えめで、香りを邪魔するような揮発感はない。セールで9,820円という価格を考えれば、これは上出来のブルゴーニュと言っていいだろう。
正直、期待していなかった。その分だけ、驚きは大きかった。
Pacalet のポマール 2020 は、私が勝手に抱いていた「Pacalet=軽い」という固定観念を軽やかに裏切り、Pacaletのワインの可能性を再び考えさせてくれる一本である。
評価(5点満点):
Philippe Pacalet Pommard 2020 4.0